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愛情の表現もストレートになってきた

2010年12月23日

最近の若い人たちは、愛情の表現もストレートになってきた。だが、私の若い頃には、そうではなかった。通学の途中で会った女学生の後ろ姿に心をときめかせ、顔をあわすたびに赤面して、声もかけられず、そそくさと足早で駆け抜けるといった純情青年が数多くいた。かくいう私もその一人であった(と、表面的にはそういうことにしておこう)。その私が、女房と結婚したばかりの頃に、こんな手紙を彼女に書いた。「配給食だけは食べてくれたまえ」と。当時は戦時中で、食料事情が厳しく、食糧は配給制だったが、とても大の大人が満足できるような量は配給されなかった。こんな事情なのに、家内は生来やさしくて気が小さく、我慢強い女であったので、そのわずかな食糧を人にまわして、体を壊すのではないかと心配したのである。今では気恥ずかしい文句であるが、古き時代のオノロケとして聞いていただきたいものだ。だが、今にして思うと、これは実に「大傑作」な一言ではなかったかと自負する。この一言で家内の心をぐっとつかんだのだから。後世に残る名言と申してよい。そして、現在、私が家内に対して発する言葉は「おまえのいない一生は、太陽の出ない暗黒の一生だったと思うよ」である。恋愛感情は、死ぬまで続くものだ。しかし、その心を表現するかたちは、年月を経るごとに違ってくる。新鮮ではないが、深い愛というものがあることを、考えてみるべきだろう。